モーちゃんの人生を楽しむブログ

人生を楽しもう!をモットーに、モーちゃんの趣味 (海外旅行、国内車泊旅行、ガーデニング、パソコン、テニス、DIYなど) を中心にモーちゃんの毎日の話題を投稿しています。

2022年10月

イタリア・アルコフェリーチェの町散策

★★★突然ですがモーちゃんのブログはこれをもっておしまいとします★★
「おしまい」と言っても、今までアップしたブログは残ります
また、たまにイベントが会った時などは突発的に追加するかもしれません

コロナ禍で旅行もしなくなり、新しいネタが無いのと、体力の衰えのためです
今までこのブログを愛読していただいた皆様、大変ありがとうございました

「おしまい」と言っても、今までアップしたブログは残ります
モーちゃんのブログの総合目次
から、色々なページに飛ぶことができますのでお楽しみください
また、たまにイベントがあった時などは突発的にブログを追加するかもしれません


ナポリから電車で約20分ほど西へ行ったところにある小さな田舎町、
Arco Felice(アルコ・フェリーチェ)に1ヶ月ほど滞在しました。
町の路地です。
狭い路地でも車が通ります。
こちらの車はほとんどが1,000cc位の小型車です。
それも日本のようにきれいな車は極一部で、ほとんどの車は傷だらけ、
泥だらけで日本人には考えられないようなきたない車ばかりです。
1DSC00160町の路地
こちらはどんな小さな町にも教会がありますね。
それも日本ではあまり見られないような素敵な教会が・・・
この辺も日本とはだいぶ違う所ですね。
2DSC04501教会
ナポリとの間を走っている電車です。
どの電車もこんな状態で、落書きだらけ。
消すこともしないのでしょうね。
これも日本とはだいぶ違う所ですね。
国民性の違いなのでしょうか・・・
3DSC04502いたずら書きの電車
私が利用していたホテルの一つサンタ・マルタ・ホテル(SantaMaruta Hotel)です。
どーってことない普通のホテルですが、天井だけはびっくりするほど高かったです。
4SantaMaruta Hotel
ここでのエピソードを一つ。
私はこの時までにも外国旅行は、旅行や出張などで、沢山とはいかないまでも、
結構経験があったと思っていました。

それが、それがです・・・
初めてイタリアを訪問し、このホテルに泊まった朝のことです。
ホテルの食堂に降りていきました。
テーブルにはナプキンの上に美味しそうな菓子パン(とても甘かった)一つと
コーヒーカップ一つが置いてありました。

私がテーブルにつくと、ウエイターが来て、どこでもするように「Tea or Coffe?」と聞かれたので、
「Coffe please」と応えると、ウエイターがコーヒーをそそいでくれました。

パンはそのままに、コーヒーを飲みながら、私は朝食が運ばれてくるのを、今か、今かと待っていた。
しかし、いつまでたっても朝食が運ばれてきません。

とうとう、私は通りかかったウエイターに「私の朝食はまだなの?」と声をかけました。
ウエイターはけげんな顔をして、「あなたの朝食はあなたの目の前にありますよ」と言う意味の
言葉を発して立ち去った。

えっ? 私は一瞬、冗談か、何かの間違いか分かリませんでした。
そっか、これがコンチネンタル・ブテックファストかと、気がつくのに少し時間がかかりました。

何と、コーヒーとパンだけの朝食とは! 信じられない!
この時初めて経験したホテルの朝食でした。
何と質素な朝食だろう。イタリア人はこんな朝食で済ませているのか・・・

それ以来、イタリアでは他のホテルでもコンチネンタル・ブテックファストを経験しましたが、
良いところで、パンとコーヒーにジュース、時にヨーグルトが付くといった程度でした。
これも日本では考えられないことでは・・・

Club Castello(城)という、高級クラブです。
中をちょっと覗いてみたら、紳士・淑女がパーティーらしき飲食をしていました。
質素なイタリア人かと思いきや、その反面を覗いた感じになりました。
5Club Castello(城)

6Club Castello入口

早朝のCAMPI FLEGREI駅です。
ここから特急でローマへ日帰り観光に早朝から出掛けました。
確か、1時間ちょっとかかったと思います。
駅舎だけでも日本では見られないような石造りの建物です。
7DSC04503CAMPI FLEGREI駅





イタリア・ポッツォーリの温泉地獄・ソルファターラ

ポッツォーリは温泉地獄・ソルファターラ(Solfatara)でも有名です。
ここでは温泉が煮えたぎり、水蒸気や湯気の立つ泥土があちこちで見られます。
日本の温泉地にある地獄谷に似ています。 
1SAVE0008-3
ソルファターラの入口です。
入場料4ユーロです。
2ソルファターラ火山入口
ここはカンピ・フレグレイ火山地帯公園に属します。
荒涼としたソルファターラ火山で、およそ4000年前に噴火したのだそうです。
3DSC04893

4DSC04894
あちこちから湯気が立ち上っています。
5DSC04895
湯気やガスが勢い良く出ている噴出口です。
6DSC04896

7DSC04897

イタリア旅行・ ローマのフォロ・ロマーノ・フォーカの円柱

円柱が1本で立っているのがフォーカの円柱です。
後ろに先日ご紹介しました3本の円柱、ディオスクロイの神殿が見えています。
これは608年にフォロ・ロマーノに造られた最後の記念碑で、スマラグドによってビザンツィオ・フォーカ帝のために建設されたとのことです。
かつては頂上部に彼のブロンズ像があったそうです。
1DSC09057-2
反対側から見たフォーカの円柱です。
右側に先日ご紹介したサン・ロレンツォ・イン・ミランダ教会や、マクセンティウス帝のバシリカなどが見えています。
こうしてみると、フォロ・ロマーノがいかに広いかが良くわかりますね。

人工芝にしました

我が家の庭の芝を人工芝にしました
10IMG_2929
当初は自分で人工芝にしようと考えました
ところが、その工程を考えると、最初の工程である芝生の撤去だけでも大変な労力を必要とするので
これは諦めて、工事全体を発注することとしました
そして今日がその工事日だったのです。
元気そうな若者4人がやってきて、スコップで芝生を掘るようにして撤去し始めました
1IMG_2894
なんと、仕事をし始めてから30分も経たないうちに芝生の撤去が終了しました
2IMG_2897
庭の中央に雨水と汚水の枡があるのですが、これらは今までも芝生で覆われていました
人工芝でも覆って表面には出さないこととしました
3IMG_2901
次ぎの工程が地ならしです
レーキを使って土を平にならします
4IMG_2910
次の工程はコンパクター(転圧機:エンジンで駆動)で土を固めることです
5IMG_2917
これでやっと防草シートを張ることができます
6IMG_2913
防草シートが張り上がりました
7IMG_2923
これでやっと人工芝を張ることができます
8IMG_2924
2階から見た状態です
9IMG_2926
そして、仕上がった状態です。曲線部分も綺麗に曲線に合わせてあります
11IMG_2930
芝生の一番広い部分です
12IMG_2931
2階のベランダから見た完成写真です
13IMG_2944

14IMG_2941
今回使用したのはカインズの「リアル人工芝」で、芝の長さは35mm。
自然な芝生に見えるよう、枯葉の芝が入ったものです。
この枯葉のおかげで、全体が本物の芝生のように見えるのです。
15IMG_2937
さーこれで芝刈りや端の処理をすることもなく楽を出来ると言うものです
業者によれば、人工芝の寿命は大体10年だそうです

手入れは皆無かと思いきや、暑さを和らげるため暑い時は水撒きをして
芝生の温度を下げてやるのだそうです
そうすることにより、寿命が伸びるのだそうです
水やりをしているところを見た人は「あれ、人工芝じゃなかったのか」と思うかもね


イタリア旅行・ローマのサンタ・ルーカ・エ・マルティーナ教会

サンタ・ルーカ・エ・マルティーナ教会はフォロ・ロマーノの一番奥にクーポラを突き出してそびえています。
正面ファサードはピエトロ・ダ・コルトーナの傑作だそうです。
そして、そのダ・コルトーナが家族と共にここに埋葬されているのだそうです。
1588年にアッカデミア・デル・ディゼーニョは法王シスト五世に容認され、「サンタ(聖)・ルーカ」と呼ばれるようになり、聖人マルティーナと共に、この2人の聖人の名前で呼ばれる教会になったのだそうです。
右側に見える門は先日ご紹介しましたセッティモ・セヴェーロの門です。

イタリア旅行・北イタリアのヴェネチア・サン・マルコ広場

次は水上都市ヴェネチア(ヴェニス)です。
ヴェネチアは潟湖(ラグーン)の中のリアルト島に造られた都市で、100を超える運河が
町全体に網の目のようにはりめぐらされています。
いつもの通り、下の地図でその位置④を確認してください。
地図をクリックすると拡大されます。
1北イタリア地図
ヴェネチアの観光の出発点がサン・マルコ広場です。
テレビの観光番組で、ヴェネチアと言うと、まづ最初に出てくるところです
ナポレオンはこの広場を「世界でもっとも美しい客間」と称賛したそうです。
サン・マルコ広場の空撮です。(Webより借用)
2サンマルコ広場
中央がサン・マルコ寺院、寺院の正面の左の白い建物が時計塔、高くそびえているのが鐘楼、
鐘楼の後ろの白い建物がドゥカーレ宮殿、鐘楼の右にあるのが国立マルチャーナ図書館、
宮殿の右が運河通りのスキアヴォーニ河岸、その右がサン・マルコ運河です。

いつも鳩と観光客でいっぱいのサン・マルコ広場です。
サン・マルコ寺院とは反対側で、コッレール博物館が見えています。
ヴェネチアは潟湖の上に造られているため、徐々に建物全体が沈んできているのだそうです。
そして大潮の時はこの広場一面がプールのようになることをテレビでたまに放映してます。
3P9300468サン・マルコ広場
下はサン・マルコ寺院の正面です。(Webから借用)
サン・マルコ広場の顔となっています。
この寺院は、街の守護聖人であるサンマルコを祭るため9世紀につくられたビザンチン様式の建物だそうです。
4サンマルコ寺院2
11〜15世紀の改修でルネッサンス、ゴシックなど様々な様式の装飾で飾られています。
5P9300472サン・マルコ広場
ドゥカーレ宮殿です。
ドゥカーレ宮殿については別にご紹介します。
6P9300447ドゥカーレ宮殿
鐘楼とヴェニスの守り神である、翼の生えたライオンです。
鐘楼は高さが99メートル。上からは町全体を眺望することができます。
7P9300427鐘楼
鐘楼からの眺望です。
8サンマルコ広場鐘楼からの眺望
運河のボートから見た鐘楼とドゥカーレ宮殿です。
9P9300513鐘楼・国立マルチャーナ図書館・宮殿

いや〜素晴らしいですね。

イタリア旅行・ローマのコンスタンティヌス帝とマクセンティウス帝のバシリカ

3つの身廊からなるコンスタンティヌス帝とマクセンティウス帝のバシリカ(集会施設)です。
フォロ・ロマーノに入ってティトス帝の凱旋門をくぐってすぐ右側にそびえています。
いや、大きいですね〜。 たぶん、フォロ・ロマーノで最大の遺跡ではないでしょうか。
全く、この時代の建築技術にはびっくりします
1DSC04640フォロ・ロマーノ縮小
当初はマクセンティウス帝のバシリカであったものが、コンスタンティヌス帝との戦いで敗れてから
コンスタンティヌス帝のバシリカとなったのだそうです。

イタリア旅行・ ローマのフォロ・ロマーノ・ディオスクロイの神殿

下の写真で左隅に白く輝いているのがディオスクロイの神殿です。
3本の円柱がきれいに残っています。
紀元前484年に建築され、紀元前117年に復旧作業が行われています。
1DSC09057縮小
まるで積み木細工のようですね。
ちょっとゆすったら崩れてしまいそう。
2DSC09047ディオスクロイの神殿縮小
7世紀に全面的に修復されたそうです。
3DSC09049縮小
フォロ・ロマーノにはいろいろな神殿があったのですね。
フォロ・ロマーノはカンピドリオの丘、パラティーノの丘、クイリナーレの丘、エスクイリーノの丘、
それとチェリオの丘の5つの丘に囲まれた、いわば谷間にあたる場所に人々が定住して出来たものだそうです。


19.09.16 モーちゃんの人生を楽しむブログの総合目次
イタリア旅行の目次
22.05.14 チェンマイ2013の目次
22.04.04 ドローンでお花見・まとめました
モーちゃんのブログ2022年7月の目次

イタリア旅行・ローマのフォロ・ロマーノ・セッティモ・セヴェーロの門

下の写真で右側に見えるのがセッティモ・セヴェーロの門です。
右上に見える像はヴィットリアーノ(後述)、
左に見える塔はサンタ・マリア・コスメディン教会の鐘楼です。
フォロ・ロマーノの一番奥(コロッセオの反対側)に立っています。
1DSC04652縮小
この門も大アーチ1門と小アーチ2門の3アーチ式となっています。
先日ご紹介しましたコンスタンティヌスの凱旋門に良く似ています。
2DSC04655縮小
似ているのも当然です。
この門はコンスタンティヌスの凱旋門を手本に作られたのだそうです。
3PA040947縮小
それにしても立派な門です。

イタリア旅行・ローマのフォロ・ロマーノ・サトゥルヌノ神殿

こちらもフォロ・ロマーノで8本の円柱がひときわ目立つサトゥルヌノ神殿です。
紀元前497年に建設され、紀元前42年にルチオ・ヌマツィオ・プランコによって修復されたそうです。
1DSC04656サトゥルヌノ神殿縮小
8本の円柱は283年に再建されたものだそうですが、
それにしても現在まで良くこれだけのものが残ったものだと感心します。
やはり、石の文化と、地震がないことが良好な保存状態を保てた原因なのでしょう。
日本であったなら、とうに倒壊しているでしょうね。
2PA040946サトゥルヌノ神殿縮小

3DSC04654サトゥルヌノ神殿縮小

イタリア旅行・ローマのサンタ・フランチェスカ・ロマーナ教会

フォロ・ロマーノの東に高い鐘楼と共に建っているのがサンタ・フランチェスカ・ロマーナ教会です。
1DSC04621サンタ・フランチェスカ・ロマーナ教会と鐘楼縮小
九世紀にヴェネレ・エ・ローマ神殿のあった場所にサンタ・マリア・ノーヴァという教会名で建てられたそうです。
その後、今の名前に変更されて、現在に至っているのだそうです。
正面のサファードは17世紀のカルロ・ランバルディの製作で、ルネッサンス様式が強調されているとのことです。
5階建ての鐘楼がひときわ目立ちます。
2PA040941縮小
教会の内部です。
3教会内部

イタリア旅行・ローマ・フォロ・ロマーノのティトゥス帝の凱旋門

もう一つの凱旋門がフォーロ・ロマーノの東端に立つ「ティトゥス帝の凱旋門」です。
フォロロマーノとパルティーノの丘の間に建ち荘厳な雰囲気です
1DSC04619ティトゥスの門縮小
凱旋門のアーチ内部天井部は細かい装飾がされています。
ここにはティトゥス帝の凱旋式の様子が描かれていて、イェルサレムの戦利品がレリーフに描かれています。
最上部の碑文には「ローマの元老院及び人民が神君ヴェスパシアヌスの息子、
神君ティトゥス・ヴェスパシアヌス・アウグストゥスに捧ぐ」と書いてあるそうです。
2DSC04620ティトゥスの門縮小

イタリア旅行・フォロ・ロマーノのコンスタンティヌスの凱旋門

コロッセオのすぐ西側にコンスタンティヌスの凱旋門が堂々と立っています。
315年、コンスタンティヌス帝が政敵マクセンティウス帝と戦い、勝利を収めて西ローマ唯一の
皇帝となった事を記念として、建てられた凱旋門だそうです。
高さ28メートル、幅25.7メートル。
この凱旋門は大アーチ1門と小アーチ2門の3アーチ式となっていています。
凱旋門の表面は見事な浮き彫り彫刻で飾られています。
1DSC04616コンスタンティヌスの凱旋門縮小
ここの凱旋門がフランスのパリに建設されたエトワール凱旋門のモデルになっているのだそうです。
パリの凱旋門は1門ですが、良く似ていますよね。

森林公園の赤そば

昨日の話です
国営武蔵丘陵森林公園の赤そばの花が綺麗に咲いているとテレビで放映してたので、早速見てきました
場所は運動広場の隣です
中央口からが近いです
1
運動広場花畑で約8000㎡の広さを埋め尽くす赤そばの花です
この赤ソバの品種名は”ローズレッド082”だそうです
2
赤そばは成長が早く、種まきから1ヶ月ほどで開花するのだそうです
赤そばの味はというと、少し癖があるのと、コシが強く、ゆでてすぐ食べないとソバがくっつきやすいのだそうです。
赤そばの4K動画です
モーちゃんの4k動画・2022.10.08森林公園の赤蕎麦byGoPro
https://youtu.be/li6OSeKngZQ






イタリア旅行・ローマのフォロ・ロマーノ

ローマの町を歩くと、あちこちに所に遺跡が見えます。
特にコロッセオを含むフォロ・ロマーノの遺跡がローマ観光の中心となっているのは皆さんご存知のとおりです。
いつもの通り、ローマの地図でフォロ・ロマーノの位置②を確認してください。
(地図をクリックすると拡大されます)
1SAVE0022中
そのフォロ・ロマーノの全体の写真です。
2DSC04636フォロ・ロマーノ縮小
フォロ・ロマーノは東西約300m、南北約100mの古代ローマの中心部であったところの遺跡です。
「すべての道はローマに通ず」と言われるところが、このフォロ・ロマーノなのです。
3DSC04638フォロ・ロマーノ縮小
現在は建物の基礎や柱などだけが残っていますが、これだけでもこの場所がいかに重要な場所であったのかが分かります。
4DSC04639フォロ・ロマーノ縮小
「フォロ」とはフォーラム(広場)のことで、市民中心の広場として非常に賑わったそうです。
古代ローマでは、どこの都市にも政治・宗教の中心としてフォルムと呼ばれる広場があったそうです。
5DSC04647フォロ・ロマーノ縮小
そしてこのフォロ・ロマーノは首都に開設された最初のフォルムなのだそうです。
6DSC04640フォロ・ロマーノ縮小
フォロ・ロマーノは19世紀になって発掘が始まり、何と、現在でもまだ発掘中なのだそうです。


↑このページのトップヘ